TRFB1011
STORY
東風谷早苗という少女は、予想通りというか、予想に反してというか、いたって普通の少女だった。
田舎の女の子として、普通に育ったし、普通に暮らしていたし、常識的で現代的な生活を享受していた。自分自身が風祝という立場を継ぐと決まっていたし、そのために必要な知識や作法、立ち居振る舞いだって教えられたが、それはそれとして割り切れていたし、周囲もそれはそれとして、普通の付き合いをしてくれた。だからこそ、東風谷早苗はいたって普通の少女だった。
だけど、そんな普通も長くは続かないようだった。人々が科学の文明の力を得てから、ずいぶんと時が流れた。その流れの中で、非科学的な事象は「迷信」として世の中から徐々に排斥されていった。誰かが存在を信じることによって生きている妖怪たちにとって、現代というのは住みづらい場所へと変わっていった。風祝の子が仕える守矢神社もまた、例外ではなく。
――幻想郷へ移り住むという決断は、普通の少女には持て余す大きさだったけれど。風祝としてはそれが自然な選択だった。
そうして東風谷早苗は幻想郷の住人となり、ほうぼうでいろいろな珍事を巻き起こしたのはご存知のとおり。こちらの世界では、「一風変わった少女」としてその存在を受け入れられている。そうしていくつかの四季が過ぎ、現代のことも良き思い出として許容できるようになってきた頃、その言葉は唐突に投げかけられた。
「里帰りできると言ったら、する?」
そう言った本人――八雲紫の表情は、逆光に遮られて、ついぞ拝むことはできなかった。

TRACKS
- 風祝の少女
- 流るる星と波の音
- 燃える朝日と鳥の声
- 揺れる架線と映す水
- 朽ちた校舎と軋むドア
- すさむ社と留守の神
- 鳴かぬ世界と秘めた誓い
- ティルナノーグと永遠の歌
LINERNOTES
これがリメイクなのか続編なのか自分たちの中でも曖昧なのですが、『ティルナノーグと刻(とき)の歌』に続くシリーズが本作、『ティルナノーグと永遠(とわ)の歌』です。
曖昧といったのは、刻の歌も永遠の歌も全く同じストーリーの上に成り立っているからです。幻想郷は楽園で、そして早苗のいなくなった現代は荒廃する、この物語はどちらも共通です。
刻の歌の時点で考えていた結末は、崩壊した現代を見た早苗が失意に暮れるというあまりにも暗すぎるものでした。それ故に、刻の歌はただの帰郷の部分しか語らないという見せ方をしています。そのときのメモに「ただし、これだけだと伝わらないのでいつか解説本みたいなのを出したい」とあります。本作は解説本ではないですが、物語の骨の部分はわかりやすくなったのではないでしょうか。
刻の歌から踏み込んだ部分として、早苗が実際に荒廃した現代を歩き、何を感じ、何を考えたかを、書き下ろしの文章で表現しました。コンセプト以外のストーリーを書いたのなにげに初めてでした。どうでしたかね……?
とはいえ、この作品は起承転結でいう承までしか語っていません。これは意図的なもので、この先はみなさんの中の早苗さんに委ねたいからです。制作中、ぼくも秋晴も意識してこの先を考えないようにしていたので、ぼくたちでさえどうなるかわかってません。ティルナノーグの三次創作が見たい……!
かずまさんには今回もお世話になりました。早苗さんの表情なんかはめちゃくちゃ細かくダイレクションをしてしまったのですが、曖昧なニュアンスを汲み取って、時にはかずまさんからも提案をしていただき、さすがの一言に尽きます。イラストの力によってぼくたちのなかでの世界の確度を高められたと感じる瞬間ってすごく好きです。
憂鬱くんもありがとうございました。ぼくは音のことはあんまりよくわかってないので秋晴とのやり取りを横から見てるだけだったんですが、やりとりごとに確実に良い音楽になっていっててすごいなあと思いました。はい。
それから最後に4年前の自分へ。サブカルチャーの体現なんておこがましいことは二度と言わないように。でも刻の歌で考えてたことは無駄じゃなかったと思います。
それでは、またお会いできる日まで。